ソフトシンセは発展が著しく、個人で膨大なデータをストックしておける環境が手に入る昨今、例えば、ドラムの強弱によって変化する音色やマイクの立て位置、果ては部屋鳴りなども、再現が可能です。ベース、ピアノ、オルガン、あらゆる音色にこれが当てはまります。私の目の前の小さなMIDI鍵盤から、スタインウェイが美しく鳴り響きます。片田舎の小さな8畳の自宅スタジオに、グランドピアノの蓋の開閉のシミュレートや、弦の共振までがつぶさなきらめきを持って響くのです。質の良いアコースティックな音は半ばコモディティ化したと言えるのではないでしょうか。楽器を持っていないとできなかったこと、スタジオを持っていないとできなかったこと、高価なマイクを持っていないとできなかったこと、録音の技術を持っていないとできなかったこと、これらがパソコン内で完結します。

(実際には、完全にコモディティ化というわけではなく、良い演奏が出来なければ、また良い演奏のイメージがなければ、打ち込みも困難=今までの練習量や、ヒアリング量、また、質にかかっていますので、これらを使いこなせる作家は一握り、とは思います)


ときに、先日、弾き語りのウォーミーな曲を作りたいと思い、ギター(弾けない)を物色していたときに、はっとしました。

私、ソフトシンセを購入するときには、判断の期間を設け、比較検討して、冷静に購入するのですが、生楽器を購入しようとするとき、なぜか、そこまで冷静ではいられないことに気がついたのです。すごい。心が動く。

道具があって、演奏ができる人間がいて、初めて生まれるものなんて、めちゃくちゃ不完全ですよね。ソフトシンセは、鍵盤を抑えれば、誰でも、触ったことのないような高価なピアノの音を奏でられるし、ぶっといイカす音を鳴らせるので、その時点である意味、完全なのです。たぶん、ギター(弾けない)を手に入れてからも、弾けるようになるまでのしばらくの間は、曲が仕上がらないでしょう。そして、弾けるようになったとしても、いいテイクが録れるのは、1/10の確率、奇跡みたいなテイクが録れるのは、1/100の確率。だけどさ、奇跡みたいな一瞬を楽しめないものは、なんだかつまらないと思うんですよね。

海を思わせる美しいブルーのエレアコを眺めながら、「私は不完全を愛しているんだなぁ」としみじみと感じたわけです。いや、気がついてたよ、どっかで。だけど、これは、決定的な出来事だった。


ダフトパンクというユニットがあります。生まれてきてずっと音楽に親しんできた私ですが、音楽を聴いて、胸が苦しくなるほど「悔しい」と嫉妬めいたことを感じたのは、ダフトパンクが最初で最後じゃないだろうか。ファーストアルバムの彼ら、すごく楽しそうなんですよね。新しい発見と楽しみに満ちている。このアルバム、一聴するとすぐにわかるのですが、ものすごく不完全なのです。鼻詰まり(失敬)のボーカル、飛び道具に依存したスカスカのアレンジ、(失敬)日本のメジャーレーベルでは会議の卓上にも上らないのではないでしょうか。(重ねて失敬)

だけどね、私は思うのです。日本の音楽界は、この、一見なんでも手に入る、飽和した日本という国で、「楽しい」を真剣に見つけなきゃなんないのでは、と。そりゃ、個人にとっての新しい試みは個人的な楽しみに満ちているかもしれないし、組織にとっての新しい試みは、組織的な楽しさに満ち溢れているかもしれない。けど、私たち、賢い()からね。溢れるような情報の中に生きている昨今のリスナーが、なにを目新しいと感じるかなんて、ちょっとシミュレートしたらわかってしまうわけです。大きなストーリー?最新の音?なにかとなにかのミクスチャー?いやいや、もう出尽くしているし、誰かがやってる。そしてトートロジーの中で萎えてしまう。いいですか、新しいなんて、もうダサいんです。楽しくなけりゃ。なんて、考えるわけです。


で、なにが楽しいか、なにが心を動かすのか、そのヒントは、アナログの奇跡と人との出会いの中に詰まっているのではないかと。どうだろ。


今更、超アナログっぽく再現可能なものの扱い方を学んで、リアルアナログに戻れないなんて人もいるかもしれないし、私もその一人です。ソフトシンセで、高価なスタジオで、優秀な技術者によって録音されされた音を、鍵盤一つで並べるだけ並べて、正確に、完璧に(←うわ、ダサッ)音楽を作ってみたい。その欲求は、音楽の制作に今までどれくらいのスタジオ代や、機材代がかかっていたのかを知っているから出てくるものと思います。しかし、今、個人的には、デジタルを極めたら、時代に置いていかれやしないかと危機感を募らせるわけです。



しばらく時間を忘れ、十数万円台のブルーに塗装されたエレアコギターを眺めていた私は、断腸の思いでそっと画面を閉じました。そもそも、愛する人だけのために、弾き語りのウォーミーな曲を作りたいと思ったんだよね。すごくいい曲ができるって思ったんだよね。でも相手がいないからね。ふふ。運よく相手が出来たらまたブルーの美しいエレアコを見て悶えることにします。

恋も音楽も、なにもかも段取り通りなんていかないさー。効率的になんて運ばないさー。でもね、そこに音楽の楽しみがあるのではないのでしょうか。(高度に効率化されたソングフォーマットを開きコンペ曲を書きながら)